ティール組織

ティール組織(5):複雑性の高い信頼

本とマグカップ

※この記事は、森野御土日古のライブ配信やインタビューをもとに、ライターが文章を作成しています。

ティール組織には、根底に流れているある感覚があります。

この感覚が前提にあるから、ティール組織は、今までにない圧倒的な成果を生み出せていると考えています。

今回の記事では、ティール組織の根底に流れている「複雑性の高い信頼」についてお伝えします。

私がこれまでに検証した内容も一緒にお話していきますね。

複雑性の高い信頼とは

複雑性の高い信頼とは、一体何でしょうか。

複雑性の高い信頼は、ティール組織の根底に流れている前提のひとつです。

未来に対して予測不可能な状況の中で、組織を運営するためには、欠かせない前提要素と言えるでしょう。

この、ティール組織における前提のひとつを知ることで、

これまでにお伝えしてきた「セルフマネジメント」「ホールネス」「存在目的」への理解をより深めていきましょう。

二元論の世界ではない

まずお伝えしたいのは、ティール組織の「信頼」とは、「信じるか、信じないか」という二元論の世界ではないということです。

一般的な「信じる」のイメージは、誰かを信頼するときには「信じなきゃダメだ」と思って信頼するというものです。

(例えば、用がないはずなのに、息子が親の財布を触っているのを見たときに、母親の中に「お金を取ろうとしている?」という想いが生まれたとします。その時に、「信じなきゃダメだ!」という自己説得をして、信じようと努めるなど)

「疑っているけど信じなきゃ」というような、疑いか信じるか、という極端な二元論の中で「信じる」を選択する。

これが、一般的な意味の信頼になっています。

ただ、大人になって現実を知ると「そうも言ってられないよね」という気持ちにもなってくると思うんですね。

「ひたすら信じるなんて、現実的ではない。ただの理想なんじゃないか。」

だから建前上、相手を信じてはいるよってスタンスでいながら、だけど実際は、ルールや規則で相手を管理するわけです。

ティール組織のよくある批判

ティール組織には、よくある批判や誤解があります。

「それは一部の会社だからできることだ」

「あたらしい会社でしか実現しないんじゃないか」

「まあ長く続くような体制じゃないよね」

こんな意見です。

しかし、以前の解説でも出てきた、FAVI(ファビ)という組織がありましたね。

この、FAVIの経営者であるゾブリストが組織の変革をおこしたのは、1983年です。

そして今もなお、このティール組織の体制だということです。

FAVIは、30年以上もティール組織の運営を続けているのですね。

ここからは、複雑性の高い信頼について、FAVIを例にお伝えしたいと思います。

FAVI(ファビ)の例│複雑性の高い信頼

今回も『ティール組織』『イラスト解説 ティール組織』を参考にしながら解説していきますね。

この本に出てくる「FAVI(ファビ)」の工場が、ティール組織に変わる前のお話です。

 

FAVIでは、工場作業員が使う道具を入れている倉庫には、常に鍵がかかっていました。

道具を使用する際には、上司のサインを貰わなければいけません。

そして、造った製品は、チェックした後にダブルチェックも行います。

さらには、チェックする人もミスをするかもしれないので、無作為に抽出してさらにチェック。

従業員は、タイムカードで管理され、遅刻には罰金があります。

FAVIでも、ティール組織に変革する前には、このようなルールで管理されていたのです。

現在も多くの企業で、「まあ、企業って、そういうものだよね」と思いながら、その中で働いているのではないかな、と思います。

無意識に「信頼されていない」と感じている│複雑性の高い信頼

一般的な企業では、ルールによって組織を管理しています。

でも、これって結局、

  • 従業員はほっとけばサボる
  • 平気で遅刻する人がいる
  • 道具は倉庫に入れて鍵をかけとかないと盗まれる可能性がある
  • チェックは一度では危険だ

このような前提で見ていることを無意識に相手に伝えてしまっているのです。

確かに、数百人いたら一人くらいは道具を盗んじゃう人がいるかもしれないし、遅刻魔だっているかもしれない。

製品チェックだって、ミスをしてしまうかもしれません。

しかしこの前提だと、一部のそういう人たちのために、ほかの優秀で善良な社員に対しても

「君たちは監視されなきゃいけない存在で、
盗むかもしれない存在で、
そして遅刻して怠ける存在だ、という風に会社は思っていますよー」

という態度を取ってしまっているようなものですよね。

ゾブリストの提案│複雑性の高い信頼

「いや、でもそれは必要なものだよね。」

こういう意見があるのはわかります。

しかし、FAVIをティール組織に切り替えていったゾブリストは、従業員に向けてある演説をします。

ちょっとすごいことを従業員に提案しました。

その一部を本から抜粋してお伝えしますね。

「私は、9ヶ月一緒に働いてきました。
あなたたちの仕事を9ヶ月間観察してきました。
あなたたちが、仕事を愛する偉大な勇気あるプロフェッショナルであることが、よくわかりました。
しかし、あなた方が立派な仕事をするのを、私たちは邪魔しているようです。
あなたたちに、アメとムチは必要ないのでしょう。」

フレデリック・ラルー著.「ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」鈴木立哉 訳,嘉村賢州 解説,英治出版,2018年1月より

その上でこうも言いました。

「もはやタイムカードはいらないでしょう。
遅刻による減給もありません。
倉庫には、もはや鍵を付けません。」

フレデリック・ラルー著.「ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」鈴木立哉 訳,嘉村賢州 解説,英治出版,2018年1月より

さらにゾブリストは演説を続けます。

ここからが、ゾブリストのすごいところ。

FAVIがティール組織へと向かう、ターニングポイントだったのかもしれません。

「今後、この会社の未来をどう運営していけばいいのでしょうか?
正直なところ、私にもわかりません
私は、あなた方がひとりひとりが個性的に、かつ共同して働くことができることは確信しています。
しかし、それがどんな働き方モデルになるかは、私にはわかりません。
よき意志と常識をもって、そして誠実さをもって働きながら、
皆さんと一緒に、学んでいくことを提案したいと思います。

フレデリック・ラルー著.「ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」鈴木立哉 訳,嘉村賢州 解説,英治出版,2018年1月より

アメとムチは必要なかった│複雑性の高い信頼

さて、ゾブリストがこの提案をした後、FAVIはどうなったのでしょうか。

今まで、FAVIの工場では、1時間あたりの機械でつくる部品の数によって、従業員にインセンティブを与えてやる気を起こさせようとしていました。

ゾブリストの発言であった「アメとムチ」とは、インセンティブ(報酬)のことですね。

いい成果を出したら報酬、ダメだったら減給ということです。

演説の後に、そうした仕組みを廃止し、ボーナスを単純に基本給に振り替えることにしたのです。

それを聞いたマネージャーたちは仰天し、大声でゾブリストにクレームを浴びせかけました。

「これは諸悪の根源だ!」「生産性が崩れる!」

ゾブリストは毎日、生産性のチェックを行いました。

不思議なことが起きたのです。

生産性は減少せずに、逆に増加していました。

 

一体、どうしてなのでしょうか?

機械を操作するオペレーターたちに話しを聞いてみました。

すると、「機械の操作には、生理的に疲れを少なくする最適なリズムがある。」

「これまでのシステムは、時間ごとに目標があるから、意図的に機械を遅くする必要があった。」

「経営陣とかマネージャーが押しつけてくる目標の増加に対して、若干ゆとりを設定しとかなきゃいけなかったんだ。」

つまり、それまで作業員は、疲労が蓄積するようなペースで働かされていたのです。

目標によって生産性が落ちていた│複雑性の高い信頼

これは、衝撃の事実ですよね。

実は目標が生産性を抑圧していて「どうせ、それに従わなきゃいけない」
と思ってみんな働いてたわけですよ。

「目標が渡されるけど、でもどうせ、また増やされるから低めに申告しとこう。」

だって、泥棒扱いされて、遅刻魔扱いされて、管理しなきゃいけない存在で、チェックもちゃんとできない。

そんな扱いをされているわけです。

従業員のモチベーションは下がります。

しかし現実に、ミスが起きる可能性はあります。

遅刻をする人や、道具を盗む人もいるかもしれないし、紛失してしまうこともあるかもしれません。

(のっぴきならない事情で遅刻しちゃうことだってありますよね)

だから「複雑性の高い信頼」が必要なのです。

一人ひとりの力を信頼する

ティール組織に流れている、複雑性の高い信頼とは、彼らはチェックできると信頼すること。

そして、彼らはチェックが漏れやすい自分たちにも気づくこともできる。

だから、チェックした上で、必要な分のチェックを主体的に計画することができて、自分たちでその方法を生み出すこともできる。

自分たちの力だけで生み出せないなら、それができそうな人に相談をして、緒に協力してつくり上げることができると信頼すること。

遅刻する人はいるかもしれない。

けれど、周りの人は

「それはいけないことだ。みんなからの信頼を損ねることだ。また疑い合わなきゃいけないような組織に逆戻りすることなんだ。やめてほしい。」

と、その人にきちんと伝えることができる。

そして、伝えられた本人は、改善しようと努力することができる。

もしかしたら、ADHDなどの発達障害や個人の特性で、遅刻や紛失を減らすことが難しい場合もあるでしょう。

そのときは「あの人はしょうがない」

「でも、他のところで取り返そうとしてくれているよね」という様に、周りの人が理解することもできます。

道具を紛失することは、あるかもしれない。

しかし、道具を大切に使うことが、彼らにはできます。

例えば、プライベートでDIYするときに、ちょっと道具を使いたいとき、借りた道具を1日家で使ったら、その後ちゃんと工場に戻す。

使わせてくれた会社に感謝をして、丁寧に道具のメンテナンスまでして借りたものを返すかもしれません。

そういう風な生き方ができると、一人ひとりの力を信頼することは、可能ではないでしょうか。

信頼することを選ぼう

「できる」という信頼を向けるほうが、人はそれを守ろうとします。

疑いを向けられると、人間って拗ねちゃうこともありますよね。

「どうせ疑ってるんじゃないか!じゃあいいよいいよ。その通りだよ。」みたいなね。

だけど私たちは、人に信頼を向けることもできるのです。

現実をしっかりと認識した上で、信頼を向けることができる。

それは、「ただ信じよう」とは、ちょっと違います。

疑いや恐れから全体を管理し、監視するのではありません。

疑いや恐れにエネルギーを使うくらいなら、信頼することを選ぼう。

「信頼」という力を使おう。

「どうせ・・・」と自分の力を諦めるのではなく、実際にきちんと現実を見た上で、一人ひとりの力を信頼することは、選べるのではないかと思います。

そして、ひとりでは応えるのが難しいことも、

組織全体のひとつの生命として、まるでシナプスのように複雑にお互いの力を信頼する。

誰かがやってはいけないことをしていたら、注意することもできる。

相互の自浄作用や集団の知性も含めて複雑に信頼を捉えることで、「組織全体は信頼に応えることができる」と捉えることができるのです。

組織の前提を言葉にして再設定する

ティール組織では、信頼した結果として失敗や問題が起きたとしても、それを乗り越えて成長の機会にできます。

より現実を知る機会に、私たちはできるんじゃないかなと思うのです。

ティール組織には、そういう信頼が前提にあるのだと思います。

そして、その信頼の力を選び取るから、セルフマネジメント(自主経営)が成立します。

ティール組織では、一人ひとりがセルフマネジメントをしても上手くいくために、今まで言葉になっていなかった前提を言語化して、新たに前提を設定し直しています。

組織の前提を言葉にして再設定する。

ティール組織には、これを丁寧にやっている事例がとても多いのです。

そして検証した結果、この前提がティール組織の基礎になっているとも感じています。

【まとめ】ティール組織には複雑性の高い信頼が流れている

ティール組織の奥には、複雑性の高い信頼が流れています。

それは「セルフマネジメント」「全体性」「存在目的」といった、基本的な概念の根底に流れている前提です。

疑いや恐れから管理する組織とは違い、「信頼」という力を使うことで、組織を運営していきます。

FAVIの例では、あの提案の後、ゾブリスト自身も組織がどんな方向に進むのか、きっとわかっていなかったでしょう。

それでも、信頼することを選んだのです。

一人ひとりの力を信頼する。

人間が持っている知性や誠実さを信頼して任せる。

(間違いが起きたとしても、周りの力で良い方向へ軌道修正できると信じるし、それでも難しければ、組織の一員である自分が充分な影響を与えれば、分かってくれる。それでも難しければ、その原因をみんなで学んで乗り越えることができる、と信頼する。)

そして、ティール組織では、前提を丁寧に言語化して、再設定し、共有することは、ティール組織が成立する基本でもあるのです。

次回は、ティール組織の前提のひとつ「助言プロセス」について、深めていこうと思います。

参考書籍
・フレデリック・ラルー著.「[イラスト解説]ティール組織――新しい働き方のスタイル」中埜博,遠藤政樹 訳,羽生田栄一 監訳,技術評論社,2018年11月26日
・フレデリック・ラルー著.「ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」鈴木立哉 訳,嘉村賢州 解説,英治出版,2018年1月